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小倉簡易裁判所 昭和34年(ろ)114号 判決 1959年10月26日

被告人 東英治

昭七・三・一生 自動車運転者

主文

被告人は無罪

理由

一、本件公訴事実は「被告人は法定の除外理由がないのに昭和三十三年九月二十二日午後十時二分頃福岡県公安委員会が危険防止その他交通の安全をはかるため道路標識によつて駐車禁止と指定した小倉市中央銀座通り道路に小型乗用自動車を駐車したものである。」というのである。

一、本件につき取調べたすべての証拠を綜合すると、被告人が公訴事実の日時、場所において約二分二十秒間小型乗用自動車を継続して停止していたことを認めることができる。しかして同場所が駐車禁止場所である(停車禁止場所ではない)ことは被告人においても、よく知つていたものである。

一、検察官は右客観的事実と、取調べられた各証拠によつて駐車違反であると主張し、被告人は停車はしたが駐車したのではない。その場所で客を降ろし料金の支払を受けて、つり銭を渡し、運輸日報をつけて退去しようとしたときに、警察係員から駐車違反なりと告げられたものであると強くその犯意を否認するものである。

一、そこで被告人の右約二分二十秒間の車の停止が、駐車違反と認定できるかどうかを検討する。被告人に対する本件違反としての司法巡査作成の交通違反報告書によれば、その被疑事実欄に公訴事実と同趣旨の記載があり、なほその停止時間を約三分間と記載され(被疑事実は司法巡査記入)その左側に、右の通り、道路交通取締法令に違反したことは(以上不動文字)相違ありませんと、被告人が記入し署明拇印しているから、右は刑事訴訟法にいう被告人の供述を録取した書面に該当するものというべきであつて、この供述調書の内容が、被告人の任意になされたものであれば、勿論停止時間をあまり問題とせず駐車違反と認定し得ることは当然である。然るに証人藤田義隆、同清水満の各証言及び被告人の当公廷における供述によれば

(イ)  被告人は出頭を命ぜられた旦過橋派出所においても、取調司法巡査に対し当初から駐車違反でないことを主張していたものであり、単に当公廷においてのみこれを否認するものでないこと。

(ロ)  その時刻頃交通違反者として右派出所で取調べられた数名は、検挙の際警察職員から運転免許証の提出を求められて、これを交付しており、違反事実を認めて署名捺印した後、免許証の返還を受けたことは疑いなく、被告人も被疑事実を認めなければいつまでも帰えされない情況にあり、免許証を返してもらうべく不本意ながら署名拇印をしたものであるとの疑いが極めて濃厚であること。

(ハ)  取締警察官が交通違反として、検挙の際現場において運転者から運転免許証の提出を求める場合には、道路交通取締法第二十三条の三により、その運転者に一応保管証を交付しなければならないのにかかわらず、当日の被告人等に対する処置は右規定に違反して保管証を交付されなかつたこと。

等が認められる。任意出頭を命じた被告人に対し、本人が違反被疑事実を否認して署名捺印を拒否すれば、その運転免許証を返還しないというような取調べ方法は、少くとも被告人の困却を利用したものであつて、被告人に対し、いわゆる心理的強制を加えたものと認めざるを得ない。加うるに取締に当つた司法巡査は運転免許証の提出を受けながら、保管証を交付せず、出頭を求めて取調べをしたことは、それ自体法規に違反した処置であり、見逃がし難いところであつて、かかる違法の下に取調べを行い、右認定のような情況の下に作成された被告人の前記供述調書はその任意性に疑いあるものとして、本件証拠となすことができない。

次に証人清水清の証言及び被告人の当公廷における供述によれば

(イ)  被告人は東邦自動車株式会社の社長乗用車の運転者であつて営業用のいわゆる「流し」運転者でないこと。

(ロ)  被告人は当日営業用運転者が欠勤していたため、上司の命令によつて、たまたま客を乗せて運転していたこと。

(ハ)  被告人は車を停止していた間、運転台から離れていなかつたこと。

が認められる。駐車と停車の区別は道路交通取締法施行令(以下令という)第一条に明かであるが、その時間的なことは何等規定がない。しかし交通法規において駐車、停車を禁ずる規定を設けたのは、道路における危険防止及び交通の安全を図るためであるから、駐車か停車かは法の精神に照しその場所、交通の状況等により具体的に認定さるべきであるが、この場合その停止した時間がこれを決する重要な要素となるものといわなければならない。そこで考えるに昭和三十三年十月一日から改正施行された令第一条第八号によれば「車馬を停止して貨物の積卸を行う場合五分をこえない時間内の停止に限り停車とみなす」と追加したこと及び令第三十一条第二項において「官公署、百貨店等多数人の出入する出入口で公安委員会が必要と認めて駐車を禁止した場所に停車した車馬は、すみやかに乗客の乗降又は貨物の積卸を終り、その場所を去らなければならない」との趣旨を規定したこと等を考量すれば、被告人が車を停止した所は右のような場所でもないから客観的には右二分二十秒程度停車したことが認められるとしても、この一事をもつては未だ被告人が故意に駐車となる、客待ち荷待ち、故障等のため車を停止させていたという事実を認定することは証拠上困難である。(被告人の供述調書を証拠にとらないことは前記のとおりである)。

一、以上のとおり結局本件公訴事実はこれを認めるに足る証明がないから、刑事訴訟法第三百三十六条により被告人に対し無罪の言渡をする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 森口慶武)

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